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mamara.の『わ』

2022.03.07

リトリート

リトリートとは

心や体を癒す過ごし方。

自分と向き合う時間をつくることで、

心身ともにリラックスすること。

過去ブログでも書いています。

ご興味ございましたら

↓↓

mamara. Retreat

 

 

誰かにとって必要な言葉や音を

キャッチしてもらいたくて、

毎週mamara. Retreat4名の方に

発信してもらっています。

自分と向き合い

『好きな自分でいる』ことを目的に

スタートしたリトリート。

今回私も初参加してみました!!

 

皆さまにとってのリトリート

どんな時に自分と向き合っていると思いますか?

 

私にとってのリトリートな過ごし方は、

①無音の中でただただボーっとする。

②言葉に触れる

③自然の中で過ごす

④車や列車の中から景色を見る

この環境下に自分を置くとリラックスして、

自分と向き合えるんです。

 

②の言葉に触れてみる。

格言や名言集を見るのが好きで、

常に助けられています。

短い言葉の中に深く長いストーリーの存在。

それは、映画を1本観終えた感覚や、

本を1冊読み終えた感覚と同じように、

その方の言葉や人生、

人となりに引き寄せられる瞬間が

たまらなく好きです。

 

今回は、つい最近入ってきた『言葉』を

紹介しようと思います。

これがリトリートになるの?

違うんじゃないの?って思う人もいるかもしれませんが

『戦争』についての言葉に触れてみました。

 

今起きている辛い現実『戦争』

何故戦争が起きるのか?を考え、

感じようとした時に出会った言葉です。

 

どの民族もそれぞれ他の民族より偉いと思っている。これが愛国心を生み、戦争をも引き起こす。

デール・カネギー

 

愛国者は常に祖国のために死ぬことを口にするが、祖国のために殺すことについては決して語らない。

バートランド・ラッセル

 

この二人の言葉が引っ掛かり、

戦争とは争いとは喧嘩とは

『愛国者、愛国心』の盾に、

『愛国者、愛国心』の矛を振りかざす。

この言葉の表側だけではなく、

後ろや裏に隠れたものが意味すること。

 

『愛国者、愛国心』

いい響きに聴こえるのに、

いい響きにならないのは、

この二人の言葉に出会えたことで、

より深く考えさせられました。

 

戦争は国同士の争いですが、

家族や友人、知り合いとの争いで考えた場合

『愛国者、愛国心』を自分自身に置き換えてみる。

そうすると見え易くなってくるものが

あるような気がする。

見え方、感じ方、捉え方は

人それぞれだとは思いますが、

この言葉が意味することで

自分や現実と向き合ってみる

 

そんな一日を過ごすことも時には必要かな?と。

最後まで読んで下さりありがとうございました😊

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